下野薬師寺跡(国史跡)

下野薬師寺跡

下野薬師寺は、7世紀末に下毛野朝臣古麻呂(しもつけのあそこんこまろ)によって創建されたと推定されます。8世紀中頃には、僧に得度をさせるための戒壇が朝廷によって設けられました。 奈良東大寺(奈良県奈良市)・筑紫観世音寺(福岡県太宰府市)とともに日本三大戒壇とされ、東国における仏教の中心地となりました。

下野薬師寺跡ふるさと歴史の広場

現在、史跡公園として整備され、下野薬師寺の回廊の北西角が復元され史跡下野薬師寺跡ふるさと歴史の広場として公開されています。
この写真は南側から見た回廊で、下の写真は東側から見たところです。

回廊

最盛期の薬師寺の寺域は、東西約245m・南北約343mにおよぶとされています。これまでの発掘調査では、南門・中門・金堂・講堂が南北一直線に配置されている大和薬師寺式伽藍配置 であることがわかり、中門と講堂とをつなぐ回廊や塔の存在が明らかになっていましたが、最近の発掘調査の成果からは、これまで考えられていた伽藍配置とは異なる可能性もあるそうです。

六角堂

六角堂

江戸時代に往時の戒壇を偲んで建立されたものです。外形・柱・礎のすべてが六角形という珍しい建築物です。

写真はすべてクリックすると拡大します

薬師寺関連のニュース

薬師寺
薬師寺は「法相宗」の大本山で、690年天武天皇により発願、697年に持統天皇によって本尊開眼、更に文武天皇の代に至り、飛鳥の地において堂宇の完成を見ました。 ... 近鉄橿原線西ノ京駅から徒歩5分のところにある門で、薬師寺・白鳳伽藍の裏門にあたります。 ...
東京国立博物館 特別展 平城遷都1300年記念「国宝 薬師寺展」
また、聖観音菩薩立像(国宝)、慈恩大師像(国宝)、吉祥天像(国宝)などの仏像、絵画の至宝に加えて、神像の名品として名高い八幡三神坐像(国宝)や草創期の寺の姿をたどる考古遺物など薬師寺の貴重な文化財をご覧いただけます。 ...

サイトMENU

Copyright (C) 2007 花と史跡が調和する町、国分寺〜栃木県下野市より〜. All Rights Reserved.